絨毛膜下血腫で上の子のお世話はどうした?自宅安静中のリアルな生活【体験談】

絨毛膜下血腫
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絨毛膜下血腫と診断されると、「安静にしてください」と言われることが少なくありません。

しかし、上の子がいると「安静と言われても育児はどうするの?」「抱っこは?学校のことは?」と悩む方も多いのではないでしょうか。

今回は、実際に絨毛膜下血腫で自宅安静となった私が、上の子たちのお世話をどのようにしていたのかをお話しします。

結論|上の子のお世話はほとんどできなかったが、家族の協力で乗り越えた

結論から言うと、私は上の子たちのお世話をほとんどしませんでした。

というより、出血を増やさないために「しないようにした」という方が正しいかもしれません。

診察時、医師からは

「入院が必要な状態ではないけれど、家で動いてしまうなら入院も選択肢です。」

と言われました。

一方で、

「ただ、上のお子さんたちがいるからね。お母さんが長期間家を空けることで、お子さんの精神面への影響が心配なら、自宅安静でもいいです。今ぐらいの血腫なら、入院しても家にいるのとやることは変わらない。特効薬のような、使える薬もない。病院で安静にしていても出血が増えて流産することもある。家の方が、慣れた環境だから入院によるストレスはなく、少しでも気が楽に過ごせると思う。」

とも説明を受けました。

夫が「家事も育児も自分がやるから大丈夫」と言ってくれたこと、義実家の協力も得られる状況だったことから、私は自宅安静を選びました。
義実家へは、夫から説明してくれて審配してくれたし、協力もするよと言ってもらえて心強かったです。

自宅安静になった当時のわが家の状況

上の子たちは、小学校中学年と低学年でした。

幸い、もともとわが家は「ママが全部やる家庭」ではありません。

自分のことは自分でやることを基本としており、家事も夫婦で協力して行っていました(分担ははっきりきまっておらず、その時必要だと判断したらその人がやって、最終的に一日の終わりに全てのタスクが片付けばOKな感じ)。

そのため、生活が完全に回らなくなるほど大きな変化はありませんでした。

とはいえ、私が横になったまま生活することになったため、夫や義実家の負担が増えたことは間違いありません。

義実家には特にお世話になりました。

子どもたちは学校が終わると義実家へ行き、おやつを食べたり宿題をしたりして過ごしていました。

夫は仕事が終わった後に義実家へ迎えに行き、そのまま帰宅する生活が続きました。

上の子たちにはどのように説明した?

出血があった日は、その都度夫にも状況を共有していました。

そして、子どもたちへの説明は主に夫からしてもらいました。

私自身が説明すると、不安や恐怖が先に出てしまいそうだったからです。

夫は感情的にならず、

「ママのお腹の中の赤ちゃんがいるところから血が出ている」

「ママが動くとその血がたくさん出てきて、赤ちゃんが一緒に出てきちゃうかもしれない。そうすると赤ちゃんが死んじゃうかもしれない」

「血が増えないようにするためにママは今動いちゃいけないから動かしちゃダメ」

「自分でできることは自分でやること」

を子どもたちに伝えてくれました。

子どもたちが理解しやすかった理由の一つに、赤ちゃんの存在を実感できていたこともあると思います。

いとこに0歳の子がいたことや、以前0歳児もいる保育所に通っていたこともあり、「赤ちゃん」という存在自体は身近でした。

また、妊娠確認の受診には子どもたちも一緒に連れて行っていました。

エコーを見て、心音も聞いてもらったのです。

下の子は受診後に、

「さっきの音は何?ひゅんひゅんってやつ。」

と聞いてきました。

私は、

「赤ちゃんにもあなたと同じように心臓があって、あの音は心臓が動いている音だよ。」

と説明しました。

お腹に耳を当てて赤ちゃんの心臓の音を聞こうとする姿もあり、子どもたちなりにお腹の中の赤ちゃんを大切に思ってくれていたのだと思います。

実際のお世話はどうした?

抱っこやおんぶは断った

子どもから抱っこやおんぶを求められることはありました。

しかし、お腹に力を入れることは避けたかったため断りました。

その代わり、一緒に横になったり、ぎゅっと抱きしめたりしてスキンシップを取るようにしました。

学校生活は意外と困らなかった

宿題の丸付けは、ドリルを持ってきてもらって横になりながら見ていました。

義父母が見てくれることもありました。

持ち物については、図工などで特別な物が必要な時だけ夫に準備をお願いしました。

学校からの連絡はアプリで確認できたため、大きな支障はありませんでした。

アンケート回答や欠席連絡もアプリで完結できたので助かりました。

放課後や休日は家族総出で対応

放課後は、義実家にお願いすることが多くありました。

友達と遊ぶ約束をした時は、近所の公園や家の周辺で遊ぶことがほとんどだったため、GPSをもたせて位置を確認していました。

GPSの情報は義父母とも共有していたので、もし何かあっても一緒に対応してくれるので安心でした。
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休日は、夫に余裕がある時は子どもたちを連れて外出してくれました。

そうでない日は、ゲームや読書など家の中で過ごしていました。家でも外でも楽しめる子たちだったので、出かけられなくなって大変ということはありませんでした。

一番支えになったのは子どもたちの言葉

安静生活が始まってから、子どもたちは学校から帰るたびに

「赤ちゃん元気だった?」

と聞いてくれるようになりました。

出血が続く毎日は不安との戦いでした。

そんな中で、その一言に何度も励まされました。

また、寝たきりになったことで、ずっと家にいるので会話の時間は増えました

「明日必要なものはある?」

「あれは終わった?」

そんなやり取りをする中で、

「この子たち、そんなことを考えて行動していたんだ」

と、子どもたちの知らなかった一面を知ることもできました。

直接手を出してお世話をすることはできませんでしたが、言葉を通して関わることはできたと思っています。

絨毛膜下血腫で上の子のお世話に悩んでいる方へ

私の場合、小学生だったこともあり、周囲の協力を得ながら乗り切ることができました。

しかし、未就学児や抱っこが必要な年齢のお子さんがいる場合は、もっと大変だと思います。

家族や親族、行政サービスなど、頼れるものは遠慮せず頼ってください。

私自身、子どもたちに申し訳ない気持ちになることもありました。

それでも今振り返ると、あの時に無理をしなかったことを後悔していません
みんなのおかげで、今腕の中ですやすや眠る赤ちゃんと過ごすことができています。

絨毛膜下血腫と診断され、一人ひとり状況は違いますが、同じ不安をもって日々を過ごしている方の参考になれば幸いです。

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